2011年5月4日水曜日

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朝もやの道をバイクで走ると、
とてもすがすがしい気分になります。

今はフジの花がたくさん咲いて、
お茶の新芽も大分大きくなり、けやきの新緑が、
覆いかぶさるように頭の上を流れてゆきます。

まっすぐな人気のない夜の道でも、
キンと冷えた朝の山道でも、
まったく心をどこかにやってしまって、
とにかくひたすらに、どこまでも走りたいとよく思います。


昔、絵を習っていた時、尊敬する先生に、
「君の絵は、うまいなー、と思う絵だけど、
『ああ、本当にうまいなあ。』と思う絵ではないね。」
と言われたことがあります。

自分は音楽の中でも、何か限定された理想を頭に描き、
それを体現していきたいと思っているわけではありません。
レジスタンスでも芸術家でもありたいわけではないからです。

しかし(だからこそ?)、ステージでなぜか無性に寂しくなって、
どこにもゆけなくなることがしばしばあります。

以前にあるツアーに行った時にも、
自分が何のためにここに来たのかわからなくなり、
目が見えなくなるほど寂しくなったことがありました。

音楽表現の場におかれながらも、
山道のけやきや、海沿いのヒルガオの花に、
何かを問いに行けるでしょうか。

自分がひたすらに走って行きたいと思う道は、
どこにつながっているでしょう。

観念の領域の霊知のまばゆい紺碧の光ですかね。

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