2011年10月19日水曜日

10/19

何気なく流れていた音楽を聴いていたら、

ある曲の詩の中に「A面」という言葉が出てきました。
A面B面とは、当時は新しい響きだったはずですが、
今やレコード時代の情緒ある言葉だと思います。

現代でいえば「カップリング」ですが、
まだ歌の情緒としてはいまいちですね。

最近の流行り歌を聴いていると、
携帯やインターネットなどに関連する言葉も、
よく登場するようになりました。

「君からのメール」とか、「夜中の着信音」とか、
「携帯の充電気にしながら」とか、「待ち受けの写真」とか、

確かにリアリティがあって、
即座な共感を呼ぶには有効かも知れません。
しかし生々しすぎて、その向こうにある世界を空想したり、
言葉以上の深い思いを感じたりできないことが多いのです。

言葉は、人々に長い間使われて、
段々とそこに郷愁が加わったりしながら、
言葉としての意味を深めて行くように思います。

君からメールよりも、
君からの手紙のほうがやっぱり読んでみたいのですが、
手紙もめっきり書かなくなりました。

「君が文来たりて まみえたけれど
かひなければ おぼつかなし
ともにとりあえし手 あくがれざれば
かげあかけるところへむかひてゆく
君ひとりにあらず あな 君やむごとなし」

古ければいいってもんじゃないの。

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