2012年8月8日水曜日

モンゴル旅行 まとめ その2


3、モンゴル草原マラソン

もうずいぶん前から行われているらしい、日蒙共同企画「モンゴル草原マラソン」に参加しました。

モンゴル人、日本人入り乱れ、1、3、5、10Km、ハーフ、フル、とクラスに分かれて草原の中を走るという大会。

ハーフ、フル、の1等賞には「馬」1頭が贈呈されます。日本人がとった場合どのように持ち帰るのか。

幸いにも(?)今回は、日本人の優勝はありませんでしたが。

僕は5kmを走りましたが、何だか信じられないぐらい空間が広くて、自分がギュッと小さくなった感じがしました。もうどうなってもいいので、このまま空の中に消えていきたいような気持になりました。


モンゴルの式次第は非常に長い。

すべてのクラスの1~3位の表彰のほかに、日蒙それぞれの最年少賞、最年長賞、毎回参加してるで賞、いろいろ貢献したで賞、などなど沢山の表彰があり、

それが終わると、伝統舞踊、モリン・ホール(馬頭琴)、オルティン・ドー(長唄)、ホーミー、の公演があり(これは本当に面白かった。特にオルティン・ドーは一度生で聴きたいと思っていたのです。)、やっと終わったと思ったら、感極まったモンゴル人のおじさんが出てきて、喜びの詩を朗読し、長~いハーモニカの演奏を聞かせてくれるのでありました。

Urtiin Duu
http://www.youtube.com/watch?v=1Vr-QiYDHJk


4、アルハンガイ県にゆく

義姉と、JICAの隊員さん、ガイドのアルタンさんと計7名で、ウランバートルを離れ、キャンプに出ました。


ウランバートルから車で8時間、ハラホリンに到着する。かつてチンギス・ハン時代「カラコルム」と呼ばれ中国から、東ヨーロッパまでを支配した大帝国の首都でありましたが、今は小さな街と、遺跡が残るのみ。

歴史というものは不思議であります。かつては日本にも攻め込んだ、蒙古民族の栄枯盛衰。


チベット仏教寺院で、馬乳酒(アイラグ)をふるまわれる。これがうわさに聞いた馬乳酒!

お味のほうは、日本人にとっては、何ともはや、今まで体験したことのないお味、しかし、飲むごとに舌がなじんできて、ん、ひょっとしてこれは、場合によってはうまいのではないだろうか、というようなことも感じないでもない、そんなお味なのでした。

お椀いっぱい飲み干すと、お坊さんは「グッジョブ!」と英語で言ってくださった。思わず「センキュー」と言ってしまった。


ハラホリンは、広大な遺跡群であり、その一つ、「ハル・バルガス遺跡」という所にテントを張って一泊しました。


たき火の燃料は、なんと馬糞。侮るなかれ、馬糞は草がきれいに固まって乾燥し、その煙はかなり性能のいい虫よけになる、理想の燃料なのであります。

馬糞の火で、ハムを焼いて食べる我々。


夜は信じられないほどの星のシャワーでした。あんなに素晴らしい星の海を僕は今までに見たことはなかった。

夜中、僕たちの10mぐらい近くまで、ヤクの群れが近づいてきて、じっとこっちを窺っていた。こちらもじっとあちらを窺うと、静かに一番大きなオスが動いたのをきっかけに去って行きました。あたりは全くの静寂。たき火の音とヤクのざわざわした足音だけが響くのでした。

そして遠くで時々、馬のいななく声が聞こえました。


チベット仏教の密寺、トッフン寺院にゆく。

標高は2200m。

馬に乗って、頂上を目指し、最後は岩をよじ登ってご本尊にたどり着く。

恥ずかしながら僕は初めて馬に乗りましたが、いきなり一人で乗ってみな、と補助輪を外されてしまいました。教えられた「チョゥ!」という掛け声を上手に使えるようになると、よくしつけられておとなしいお馬だったのもあってか、ぽっくりぽっくりと馬は小走りに歩いてくれました。


日本ではありえないが、モンゴル人はいい加減である。

しかしそのゆったりさが、旅人にとっては、なんとなく心地よかったのであります。現地で働く日本のみなさんにとっては、まあある意味それは仕事の妨げにもなって、まあ大体の愚痴のタネなのです。これもまた愛すべき文化の違いかもしれません。

つづく

え?まだ続くの?

2 コメント:

匿名 さんのコメント...

モンゴル旅行、楽しんでますね~!

By ジョージ浜口

まるけん さんのコメント...

ジョージさん。

本当に楽しくて、いろいろなことが勉強になりました。

またお会いできるのを楽しみにしています(^^)